丑の刻参り・・・

近年の機械化が進み、今ではひっそりと身を潜める存在となった「呪い」

呪詛とは、主に丑の刻参りを指すのですが「呪い」の代名詞でもあります。

丑の刻(午前一時~二時)に、藁人形に呪いたい相手の髪の毛や体の一部(爪)などを入れ、神社などの境内にある木に五寸釘で念をこめて打ち付ける。

それを一週間、誰にも見られないように行う。

その時、必ず胸の位置に鏡をつけて行わなくてはならない。

すると、呪った相手に必ず不幸がやってくる。

急に胸が痛くなり、心不全を起こしたり、事故で自由を奪われる。

また突如、行方不明になったりも・・・

物理学的には説明がつかない恐ろしい事が身の回りで起き始める。

最近「自分が呪われているかもしれない・・・」といったご相談をよくお受けします。

そして、それを視ていくと驚くような手段で実際に呪いを行っている場面にも出会います。

今、ネット社会の中で流行りつつある呪詛代行。

先に述べた丑の刻参りをしている者は殆どいなく、その実際は霊能者や密教などの呪術を心得るもの、中には神様に祈祷をするといったものも存在します。

しかし念の力も軽視できません。

スピリチュアルに身を寄せる霊能者や呪術者は、生と死の狭間を知るもの。

その想念の強さは計り知れません。

では実際に呪詛は、どうしたら成立するのか?

相手(目標)を特定し、妬み、嫉み、恨みなどの負のエネルギーを送りつけ、その時に同調した魔が力を貸し、大きなエネルギーを生むのです。

生と死の狭間にある闇を味方につける、それにより相手を傷つける。

その昔、呪術(呪詛)は頻繁に行われていました。日本の歴史上に度々登場します。

丑の刻参りを見間違えて「口裂け女」が生まれてしまうほど。

最近では、気軽に通販でも丑の刻参りセットなるものが流通しています。

凄い・・・の一言です。

このセット、おおよそ5,000円前後で手に入ります。

ですが、ここまで用意しても肝心な相手の髪の毛や体の一部(爪とか)がないと意味がありません。

さらに、丑の刻参りの作法を用いなくては、効き目もありません。

そして、その作法は呪術者や陰陽師などしか知りません。

全ての呪術において門外不出の為、ネットでどんなに探しても本当の作法は見当たりません。

ですが、江戸時代に流行った呪術の真似事を現代において公表しているのは見かけます。

現代において呪詛は軽く見られたものだな・・・と、つくづく思います。

そして、忘れてはいけない 

人を呪わば穴二つ

呪詛を行うものには、必ず代償が返ってきます。

丑の刻参りをしている最中、人にみられた場合、呪詛は倍になって己に返ってきます。

先に述べた霊能者や呪詛代行が、真面目に丑の刻参りをしているとは思えない。

霊山祈祷か、ただの祈祷です。

それでも闇にうずめたその体や念は、自分に返ってきます。

陰陽師はその闇を視、光を放ちます。

陰と陽、すなわち生と死を操る陰陽師は、その陰の深さを知っているからこそ呪詛を操る事ができるのです。

陰陽師は呪詛返し以外にも、呪詛の回避方法を自然の理をもって操る事ができます。

一番の呪詛は、他人に向けて掛けるのではなく、己の弱さや自分磨きに己にかけてほしい。

人を呪うのは、己を呪うより恐ろしく病むことをどうか知ってほしい。

容極導は呪詛の代行は絶対に行いません。

また現在のところ与導師しか呪術は扱えません。

「呪われてるかも・・・」と、背筋に氷が走るような視えない何かでお困りの方、最寄の陰陽師までご相談ください。

陰陽師にしかできないこともあります。

容極導の知る陰陽師の方々は己の命をかけて闇に立ち向かう、門外不出の呪術をもった方々なのです。